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神戸地方裁判所 昭和30年(わ)1337号 判決

主文

被告人大信実業株式会社を罰金三十万円に、

被告人黄万居を罰金三十万円に、

被告人奥村治郎を罰金二十万円に、

被告人黄重信を判示第一別表(一)1乃至3の各事実につきそれぞれ罰金三万円に

各処する。

被告人黄万居、同奥村治郎、同黄重信において右罰金を完納することができないときは、金二千円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

被告人黄重信から金七万五千九百十三円を追徴する。

訴訟費用中、証人高野繁、同高尾進、同金山彰夫に支給した分の四分の三は被告人大信実業株式会社、同黄万居、同奥村治郎の連帯負担、その余は同黄重信の負担とし、証人土田参郎、同陳篤臣、同上埜恒雄に支給した分は被告人大信実業株式会社、同黄万居、同奥村治郎の連帯負担とし、証人兼平恵、同勝目義憲に支給した分は被告人黄重信の負担とする。

被告人大信実業株式会社に対する関税法違反の各事実につき公訴を棄却する。

被告人黄万居、同奥村治郎に対する公訴事実中、関税ほ脱の各事実につき、被告人黄万居、同奥村治郎は無罪被告人増沢廉平は無罪

被告人黄重信に対する公訴事実中、別紙第四別表(四)1、2、5乃至19、21乃至31の無許可輸出の各事実につき、被告人黄重信は無罪

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人黄重信は、昭和二三年設立当初から昭和三三年頃に至るまで大信実業株式会社(以下「大信実業」という。)の代表(専務)取締役であつて、薬品などの輸出貿易に関する事務を統括していたところ、台湾所在の商社から薬品等の注文を受ける際、台湾における通関、外国為替関係の事情により日本においてその輸出貨物の品目に合致しない送り状等によつて通関手続をとるよう依頼されてこれを承諾し、その所属係員太田庸穂兼平恵らを指図して、台湾向け薬品輸出に際し、別表(一)のとおり三回にわたつて同表申告貨物欄記載の薬品(その包装も同欄記載のとおり)の中へ、同表無許可輸出貨物欄記載の薬品(その包装も同欄記載のとおり)を詰合わせて一個の箱詰貨物としながら、右貨物について所轄神戸税関に対し申告貨物欄記載の薬品だけを記した輸出申告書等の書類により輸出申告をし、右税関の許可を受けたうえ、これを神戸港において台湾向け出航する同表記載の船舶に積載して同表無許可輸出貨物欄記載の薬品を税関の許可なく輸出し、

第二、被告人大信実業は輸出入貿易等を目的とする会社、同黄万居はその代表取締役(社長)、同奥村はその東京支店(東京都中央区八重州三丁目七番地所在)長であるが、右両名は昭和二九年九月中旬頃から数次にわたり電話又は手紙を用いて互に意を通じたうえ、被告人奥村において、被告人大信実業の業務に関し法定の除外事由がないのに同社の取引先たる香港皇后大道所在万順昌行の経営者であつて香港に居住する姚維章に対する債務の弁済をなすため、同年一〇月二日頃、右東京支店において、姚維章の差向けた氏名不詳の男に対し現金一三〇万円を交付し、もつて同人を介して非居住者姚に対する金一三〇万円の支払をなし、

第三、被告人奥村は、大信実業の取締役(昭和二九年一〇月一九日就任)兼東京支店長としてその所属係員太田庸穂らを指図し、別表(二)のとおり一五回にわたつて、大信実業が香港所在の万順昌行あるいは新華商業公司から買受け東京港において陸揚げされて東京中央倉庫(東京都江東区深川越中島町八番地所在)に搬入蔵置された緑豆等につき所轄東京税関へ輸入申告をするに際し、情を知らない税関貨物取扱人三協運輸株式会社係員を介し右税関に前掲売主作成の虚偽の仕入書並びにこれを基礎にして算出した価格を記載した輸入申告書などの必要書類を提出し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(法律の適用)

被告人黄重信の判示第一の各行為はいずれも刑法第六〇条、関税法(明治三二年法律第六一号)第七六条第一項、関税法(昭和二九年法律第六一号)附則第一三項に、被告人黄万居、同奥村の判示第二の行為は刑法第六〇条、外国為替及び外国貿易管理法第二七条第一項、第七〇条第八号に、被告人大信実業についてはさらに同法第七三条に、被告人奥村の判示第三の各行為はいずれも刑法第六〇条、関税法(昭和三二年法律第九〇号による改正前の規定)第一一四条第二号、昭和三二年法律第九〇号附則第三項以上につきさらに罰金等臨時措置法第二条第一項に各該当するところ、被告人黄重信の右各所為、被告人黄万居の右所為及び被告人奥村の外国替為及び外国貿易管理法違反の所為につきいずれも罰金刑を選択し、被告人大信実業、同黄万居及び同黄重信の各所為につき所定罰金額の範囲内において(被告人黄重信の各所為に対しては関税法(明治三二年法律第六一号)第八二条の四、関税法(昭和二九年法律第六一号)附則第一三項により刑法第四八条第二項は適用されない。)、被告人奥村につき以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四八条第二項を適用し各所定罰金の合算額の範囲内において、それぞれ主文掲記の罰金に処する。

被告人黄万居、同奥村及び同黄重信に対する換刑処分につき刑法第一八条を、被告人黄重信に対する追徴につき関税法(明治三二年法律第六一号)第八三条第三項、関税法(昭和二九年法律第六一号)附則第一三項を適用し、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条を適用して主文のとおり判決する。

(右各事実に関する被告人及び弁護人らの主張に対する判断)

1、被告人黄重信は判示第一の事実につき判示輸出貨物は税関に輸出申告しその許可を受けているものであると主張するものと思われる。同被告人の当公判廷における供述によれば、(これを排斥すべき証拠はない。)同被告人は本件各輸出以前に判示貨物を輸出しようとしてその品目数量を記載した輸出申告書を所轄神戸税関に提出し、同税関も書類上右申告書に対し許可を与えているけれども、その際は同被告人らの手違いにより右貨物は税関の検査にも提供されなかつたものと認められ、右書類によつて行なわれた税関の許可の効力が本件輸出貨物に及ぶとはとうてい考えることはできないので右主張は採用しない。

2、弁護人らは、判示第二の事実につき金一三〇万円の交付を受けた氏名不詳者が外国為替及び外国貿易管理法所定の居住者であるとの証明がないばかりでなく右金員の授受は同法第二七条第二項第一号に該当すると主張する。

右金員の交付を受けた氏名不詳者が本邦に住所又は居所を有するか否かはこれを明らかにする証拠はないけれども、右の者に対する金員の交付が同法第二七条第一項第二号又は同項第三号のいずれかに該当する行為であることは前掲証拠上明らかであつて、同法第七〇条第八号の適用上、前掲各号のいずれかに当るかまで明らかにすることを要するものではない。また右金員の授受が同法第二七条第二項第一号に定めるものでないことも明らかであるので、弁護人らの右主張は採用しない。

(被告人大信実業に対する

被告人大信実業に対する公訴事実中関税法違反の事実は別紙第一乃至第五のとおり(明白な誤記、脱漏は補正した。以下同じ)である。

神戸税関長は、右各事実につき被告人大信実業をその代表者あるいはその他の従業者たる他の被告人らとともに、昭和三〇年一二月一二日付(別紙第二(1)別表(三)29及び第五の各事実)、同月一七日付(別紙第四のうち別表(四)23の事実)、昭和三一年一月三一日付(別紙第一、第二(1)のうち別表(三)1乃至28、30乃至32、第二(2)及び第三の各事実)、同年三月二八日付(別紙第四別表(四)1乃至22、24乃至31の各事実)各告発書をもつて神戸地方検察庁検察官に告発した。

けれども、右告発書には関税法第一三八条第一項但書第一号により告発する旨の記載があり、そのうえ税関長が被告人大信実業に対し右各事実につき同項本文所定の通告処分をなした事実も認められず、また同社につき同項但書第二号あるいは同条第二項所定の事由があると認めたと窺わせる資料もない。したがつて、右各事実につき、被告人大信実業に対し有効な告発があつたものということができない。

なお、右各事実につき前掲告発書によつて他の被告人らに対しては有効な告発がなされているけれども、右告発の効力が刑事訴訟法第二三八条によつて被告人大信実業に及ぶものと解することはできない。なぜなら、同条は一般に告訴告発等が一個の犯罪事実についてその訴追を求めるものであるので、告訴人等が犯罪事実とともにその犯人の一人又は数人を指定して告訴等をしたとしてもその効力はその指定に拘束されない事理を明らかにしたものであるというべきところ、関税法違反の犯則者は、同法第一三八条第一項但書等に定める事由のない限り、まず税関長から同項本文所定の通告を受け、この旨を履行する限り刑事裁判に付せられないものと定められているところ、共犯者に生じた同但書第一号等の事由により右に述べた利益を奪われるべきものではなく、このような場合には刑事訴訟法第二三八条の規定の適用が及ぶものとは考えられないからである。(関税法第一一七条の法人と代表者等の関係も共犯相互の関係と同視すべきものとみることができる)

よつて、被告人大信実業に対する関税法違反の各事実についてなされた本件公訴は、関税法第一四〇条第一項に定める有効な告発を欠くものとして、刑事訴訟法第三三八条第四号によつてこれを棄却する。

(被告人黄万居、同奥村、同増沢に対する無罪の理由)

被告人黄万居に対する公訴事実中関税ほ脱の事実は別紙第一、第五、同奥村に対する公訴事実中関税ほ脱の事実は別紙第二(1)、第五、同増沢に対する公訴事実は別紙第一、第三、第五のとおりである。

輸入申告書(別表(三)掲記)その他の輸入関係書類及び被告人らの当公判廷における供述によれば、大信実業が別表(三)記載の船舶から陸揚された豆類などの貨物について同表記載のとおり所轄税関に輸入申告をしたうえ右申告価格に基き計算された同表掲記の関税額を納付して(但し、一〇円未満切捨)同表記載の日に輸入許可を受けて貨物を引取つたことが認められる。

右各輸入貨物について関税定率法第四条第一項所定の課税価格を検討するに、右貨物につき大蔵技官中西鉄雄、同深田忠彦の作成した犯則物件鑑定書(各一通)は、課税価格(CIF価格)として検察官が起訴状において主張する金額(別表(三)正当課税価格欄掲記)を掲げているけれども、第九回公判調書中右両名の証言記載によれば、右鑑定書は当裁判所に証拠物として提出されている輸入関係書類のうち万順昌行など売主作成の大信実業あて注文引受書(別表(三)所掲)あるいはそれに基いて税関職員らの作成した一らん表を転写したものに過ぎないと認められるところ、右注文引受書のうちにはそれが本件輸入貨物に関するものか否か明らかでないものも含まれ、また、右注文引受書が売主と大信実業間の契約を表示し、その記載のとおりの割合による金員を大信実業が支払うべきものかどうかも疑わしいものも少くない。それにしても、特段の事由のない限り注文引受書はその注文のあつた当時(注文のなされた日は注文引受書の作成日付とそれほど離れていないのが普通である。)の記載商品(特別の記載がないものは中級品と考えられる。)の価格を示す資料としての意味をもつものということができる。

右輸入貨物中別表(三)21の尾胡草については別に述べるが、その余の貨物については、輸入関係書類中の船荷証券あるいはローヤルインターオーシヤンラインズ支配人、バタフイールド・アンド・スワイア(日本)株式会社、大阪商船株式会社営業部、同支配人、日本マキノン・マツケンジー商会、エバレツト汽船株式会社運輸部支配人、三井船舶株式会社神戸支店営業部長、C・F・シヤープ商会輸出部各作成の証明書によれば、右輸入貨物が香港において別表(三)掲記の船舶に船積されたのが別表(三)船積年月日欄記載のとおりと認められ、(貨物船積の日が直接明らかとならない分は当該船舶の香港出港の日とさほど隔たりがないものとしてこれを推認する。)前掲注文引受書の日付と相当の隔たりがある(別表(三)32の貨物に関するものを除く)というべきところ、第一一回、第一二回各公判調書中証人陳篤臣、第一三回公判調書中証人吉田正幸、第一八回公判調書中証人坪野光男の各供述記載、証人太田庸穂、同川添三郎、同協本節三、同松本元吉、同井上秀彦の各尋問調書、第二一回公判調書中鑑定人沢田満穂、同森恒雄の各供述記載、右両名作成の鑑定書、神戸穀物商品取引所報(昭和三〇年一月六日付、同年二月五日付、同年三月五日付、同年四月五日付、同年五月六日付、同年六月六日付、同年七月六日付、同年八月五日付、同年九月五日付、同年一〇月六日付、同年一一月五日付、同年一二月五日付)を綜合すれば、およそ小豆をはじめ豆類の価格は、かなり不安定なものであるが、昭和三〇年中についていえば、日本国内における国内産小豆の取引相場は年初から多少の波動をみながら漸次下落の傾向をたどり、同年六月、七月にはそれぞれ一月間に約三割乃至五割の下落をみたこと並びに中国産の小豆その他の豆類の日本における価格ひいてはその香港における卸取引価格も顕著な動揺を示したことが認められる。したがつて、大信実業の輸入した貨物がたとえ注文引受書記載の商品であつて、その規格、品資及び量目において欠けるところがないと仮定しても、なおこれに記載された価格をそのまま香港における船積当時の卸売価格に関税定率法第四条第一項掲記の諸費用を加算した価格に近似するとみることは妥当でない。

一方、森恒雄作成の鑑定書のうち中級品鑑定価格の記載は、前記香港における貨物船積当時の注文引受書記載の豆類(中級品)の香港における卸取引価格を算定したものであるが、(落花生については後に述べる。)その鑑定の基礎となつた資料からみて前記注文引受書のみを資料とする鑑定に比しはるかに妥当性の大きいものということができる。(ことに、別表(三)32の貨物に関する分などは、鑑定の資料が同地の同貨物積出当日発行の新聞紙に記載された同種商品に関する同日の現実の取引価格であるので、この鑑定結果を軽視することはできない。)右中級品欄の記載金額を日本銀行為替局長作成の回答書により関税定率法第四条第六項にしたがい本邦通貨に換算したうえ、これに張楡芳、良友旅運有限公司、万興運輸公司支配人、華商行総支配人、香港中華運輸同業公会理事長馬良、安田火災海上保険株式会社神戸支店、東京銀行調査部大場誠一郎作成の各証明書、第二一回公判調書中鑑定人沢田満穂の供述及び同人作成の鑑定書に基き認定換算した関税定率法第四条第一項の積込費用(貸物一トン当り香港ドル約二ドル八〇セント、一七六円前後)、運賃(貨物一トン当り一八香港ドル前後、一一三〇円前後)及び保険料を加算してみると別表(三)1乃至4、7乃至9、11乃至20、22乃至27、29乃至32、乙1、乙4乃至7、及び別紙第五(同表丙)掲記の貨物については、それぞれ右合計額が大信実業の申告価格をかなり下廻ることが明らかであつて、右に掲げた貨物については、この資料を却けて関税定率法第四条第一項の価格が大信実業の申告価格を越えるものと認定するに足る証拠はない。(右掲の各貨物中にも品質不良、規格相違の点につき顕著なものがあるがこの点に触れるまでもない。)別表(三)28の貨物については、沢田満穂作成の鑑定書の普通品価格に前掲諸費用(関税定率法第四条第一項の積込費用、運賃及び保険料を指す。以下同じ。)を加算すると、これもまた大信実業の申告価格をかなり下廻るものである。右鑑定の方法は同鑑定人も自認するとおり十全のものでないにしても前述のように右貨物船積の時期は豆類の相場の暴落の時期に当つているので、船積の約一ヶ月前の日付の注文引受書の記載をとつて右鑑定の結果を却けることはできない。別紙第一(同表0)の貨物については、輸入申告書の裏面に税関職員の覚書と推測される「一六〇袋は虫喰い」と鉛筆書きの記載もあるばかりでなく、第一八回公判調書中証人亀井元吉、同中島泰介の各供述記載から輸入された小豆はいずれも注文引受書記載及び契約見本と異り、はるかに廉価な南支産の小粒のものでそのうえ砂粒が多く混じつていたことが認められるので、右両名の証言する取引価格等に鑑み、同表5、6の貨物については、証人脇本節三尋問調書中には6の竹小豆の品質が不良である旨の供述があり、売渡明細書(証第八八号の四)、買約証(証第八九号の四)及び輸入台帳(証第一三三号の二)17頁、23頁によつて、大信実業が右両貨物を現物到着後にかたり低価に処分していることが認められ、右取引価格に鑑み、同表10及び乙3の貨物については、第一三回公判調書中証人吉田正幸、第一八回公判調書中証人中出泰の各供述記載、証人太田庸穂尋問調書及び前掲輸入台帳46頁によれば、いずれもその契約は青島産落花生であるのに拘らず輸入された貨物はこれと用途において全く異り、価格もはるかに低廉なアフリカ産落花生であつたと認められ、右証拠から認められる大信実業の処分価格も勘案すれば、森恒雄作成の鑑定書の当該部分はアフリカ産落花生に関するものとはとうてい認め難いので、大信実業の処分価格により、別表(三)21の尾胡草については、証人坂本喜義尋問調書によれば現物には

〈省略〉

以上の砂が混入していたことが認められるので、右証言及び前掲輸入台帳58頁から認定できる同人と大信実業との契約価格及びその後の値引の経緯に鑑み、同表乙2の貨物については、仕入伝票(証第六一号の二)により申告数量に対し九・五%の量目不足のあつたことが認められるので森恒雄作成の鑑定書等に基く価格から右不足に相応する分を控除すれば、以上の各貨物はいずれも輸入申告書あるいは注文引受書の記載と規格、品質あるいは量目において著しく相違しているので前掲鑑定書又は注文引受書を採つて当該貨物の関税定率法第四条第一項所定の価格が大信実業の申告価格を越えるものと認定することはできない。

検察官は、貨物輸入につき申告者は、関税として関税定率法第四条第二項以下に定める方法によつて決定される価格から算出された金額を支払う義務があり、本件の場合同条第二項によつて前掲注文引受書の記載から算出される税額につき不正の行為によりこれを免かれたものとして関税法第一一〇条第一項第一号に該当すると主張するが、関税定率法第四条第二項以下の規定は税関職員において輸入貨物につき関税を調定賦課する場合によるべき準則を示したものに過ぎず、輸入申告者としては自ら根拠を示してこの適用が妥当でないことを明らかにしない限り右準則により算定された価格に基く税額を支払うほかないものということができるにしても、本来輸入申告者の納付すべき関税額は同条第一項所定の価格を基礎に算定される金額であつて、不正の行為によりその納付を免かれるべき行為のない限り、関税法第一一〇条第一項第一号の犯罪は成立しないものといわなければならない。

以上のとおりであるから、右各輸入につき大信実業の所轄税関に対する中告価格が関税定率法第四条第一項の価格を下廻り、したがつて、大信実業が右各貨物の輸入につき納付した関税の額が正当な税額に満たないと認定するに十分な証拠はないので、被告人らが大信実業の業務に関してなした前記輸入行為はその余の点を判断するまでもなく、関税法一一〇条第一項第一号の要件に該当するとの証明がないことに帰する。

よつて、刑事訴訟法第三三六条により被告人黄万居、同奥村、増沢に対し前掲のうち各関係公訴事実につきそれぞれ無罪の言渡をする。

(被告人黄重信に対する無罪部分の理由)

被告人黄重信に対する公訴事実は、前記有罪と認定した事実のほか別紙第四(別表(四)3・4・20の貨物に関する分を除く)のとおりである。

輸出申告書、送り状その他の輸出関係書類(別表(四)掲記)、被告人黄重信の当公判廷における供述によれば、同被告人らが別表(四)記載のとおり同表輸出貨物欄記載の薬品につき輸出申告書あるいは送り状に同表中告貨物欄記載の薬品の品目数量を記入しこれにより所轄神戸税関に申告してその輸出許可を受けたうえ神戸港において台湾向け出港する船舶に積載輸出したことが認められる。

けれども、右関係書類によれば、申告にかかる薬品はいずれも当該船舶に全然船積されていないばかりでなく、船積貨物はすべて箱詰であつて、別表(四)10のダンケルンの一部を除いては一個の箱にはいずれも同種類同包装の薬品のみが入れられ、右のダンケルンも他種薬品と詰合わされた箱については、送り状中には当該番号の箱に二種の薬品が混載されている旨明記されている。そして、右のいずれの船積薬品についても、薬品自体はもとより力ートンびんなどの包装にその外見上他の薬品と誤認させるに足るような偽装が施されているとの証拠はない。(別表(四)23の中将湯につき、第一二回公判調書中証人兼平恵の供述記載及び被告人黄重信の税関職員及び司法警察職員(警察官)に対する各昭和三〇年一二月一四日付供述調書によれば、船積した中将湯のびんに貼られたシール中「婦人良薬」とある部分の上に「アルブミン・タンナツト」と記したシールを貼付けたと認められるが、通常の常識あるものがこの内容を中将湯でなくアルブミン・タンナツトあるいはブロチン末であると誤認する虞は全くない。)

ところで、税関職員は、輸出申告のあつた貨物につき貨物自体を全部あるいは抽出して検査したうえで輸出許可をすべきものであつて、税関の輸出許可は抽象的に申告書記載の品目に対してなされるものでなく、具体的に税関に呈示された貨物自体に対するものと解すべきところ、税関職員が検査に当たり船積貨物の実際の品名を了知しなかつたこと及びもしその品名を知ればその輸出許可がなされなかつたことが明白でない限り、右許可は貨物自体につき有効になされたもので当然無効のものと解することができない。

よつて被告人黄重信に対し右公訴事実につき刑事訴訟法第三三六条により犯罪の証明がないものとして無罪の言渡をする。

(昭和三六年五月二三日 神戸地方裁判所第三刑事部)

別紙(公訴事実)

被告人大信実業は貿易等を業とするもの、同黄万居は同社代表取締役、同奥村は同社東京支店長、同増沢、同黄重信は同社取締役であるが、

第一、被告人黄万居、同増沢は同社が香港皇后大道中二〇二号所在万順昌行から買取ることを契約し神戸港入港の船舶スラツト号から陸揚げ神戸市兵庫区所在住友保税倉庫に蔵置中の中国産赤小豆六六キロ瓲につき共謀の上大信実業の業務について、昭和二九年一〇月一四日神戸市生田区加納町六丁目所在神戸税関において同税関吏に対し右赤小豆の実際の課税価格が五、〇〇九、七六〇円であるのにかかわらず三、八三八、七八七円である旨虚偽の記載をなした輸入申告書及び前記万順昌行店主姚維章名義の右赤小豆の仕入書等必要書類を提出し同税関吏をしてその旨誤信せしめ同月一五日前記関税金三八三、八七八円を納付して輸入許可をなさしめ以て正当関税額との差額金一一七、〇九七円を免れ

第二、被告人奥村は太田庸穂等と共謀の上

(1)  別表(三)1乃至32記載(証拠欄、船積年月日欄を除く。以下同じ)の通り同社が前記万順昌行等の商社から買取ることを契約し東京港外一個所に入港した大瑞丸等から陸揚げされ東京都城東区深川所在三菱倉庫株式会社倉庫等に蔵置中の中国産蚕豆等につき大信実業の業務について、同年一一月一一日から同三〇年一一月一日までの間前後三二回に亘り東京都千代田区内幸町二丁目一番地所在東京税関等において同関等の税関吏等に対し右蚕豆等の実際課税価格が同表記載の通りであるにかかわらず同表記載のこれよりも安い虚偽の価格を記載した輸入申告書及び前記姚等名義の仕入書等必要書類を提出せしめ同税関吏をしてそれぞれその旨誤信せしめ右虚偽価格に対する関税を納付して同二九年一一月一三日から同三〇年一一月七日までの間前後三二回に亘り輸入許可をなさしめ以てそれぞれ正当関税額との差額合計三八七、三五二円を免れ

(2)  別表(二)記載(証拠欄を除く)のとおり大信実業が前記万順昌行外一商社から買取ることを契約し東京港等に入港の船舶から陸揚げされ東京中央倉庫株式会社所属東京中央倉庫に搬入蔵置された緑豆につき、大信実業の業務について同二九年一一月一一日から同三〇年一一月一日までの間前後十五回に亘りいずれも前記東京税関において情を知らない税関貨物取扱人三協運輸株式会社職員を介し右緑豆の実際契約価格よりも低い、或いは高い詐つた契約価格を記載した輸入申告書等必要書類を提出し第三、被告人増沢は、別表(三)乙1乃至7記載の通り吉田正幸外一名と共謀の上大信実業が前記万順昌行外一商社から買取ることを契約し神戸港に入港した月光丸等から陸揚げされ神戸市兵庫区所在川西倉庫株式会社所属倉庫に搬入蔵置された中国産竹小豆等につき、大信実業の業務について、同三〇年二月一四日から同年一〇月一四日までの間前後七回に亘り前記神戸税関において税関吏に対し情を知らない税関貨物取扱人川西倉庫株式会社職員等をして右竹小豆等の実際の課税価格が同表記載の通りであるのにかかわらず同表記載のこれよりも安い虚偽の価格を記載した輸入申告書及び前記姚等名義の仕入書等必要書類を提出せしめ同税関吏をしてそれぞれその旨誤信せしめ右虚偽価格に対する関税を納付して同年二月一五日から同年一〇月一八日までの間前後七回に亘り輸入許可をなさしめ以てそれぞれ正当関税額との差額合計一四〇、八四九円を免れ

第四、被告人黄重信は別表(四)記載(証拠欄を除く)の通り太田庸穂外二名と共謀の上大信実業の業務について台湾台北市所在商社上滝行等に対し薬品を輸出せんとするに当り同二八年一月一四日から同二九年一二月二三日頃までの間前後三一回に亘り前記所轄神戸税関において税関吏に対し実際輸出せんとする薬品の輸出申告をせずに他の薬品の輸出申告をなして右の薬品に対する輸出許可を受け又は輸出許可を受けた薬品に他の薬品を混合する方法により同税関の許可を受けないで同二八年一月一六日から同二九年一二月二三日までの間前後三一回に亘り神戸港に入港していたカンフアー号等に同表記載の薬品を積載して台湾向け出港せしめて輸出し

第五、被告人黄万居、同増沢、同奥村は共謀の上大信実業が同三〇年六月二四日万順昌行から買取ることを約した中国産白小豆四六キロ瓲のうち、同年一〇月三一日神戸港に入港した英国船オリンダ号から陸揚げされ同港兵庫突堤川西倉庫に搬入蔵置された一七・九〇一キロ瓲につき、同社の業務について同年一一月一一日情を知らない税関貨物取扱人川西倉庫株式会社職員楠正雄をして同港兵庫突堤所在所轄神戸税関兵庫埠頭出張所に対し輸入申告せしめるに際し右白小豆の実際課税価格は一、〇七四スターリング・ポンド・一二シリング、邦貨換算一、〇八〇、八五七円(この関税金一〇八、〇八五円)であるのにかかわらず九〇四スターリング・ポンド・一六シリング・二ペンス、邦貨換算九一〇、五三五円(この関税金九一、〇五〇円)である旨虚偽の記載をした輸入申告書及び前記万順昌行店主姚樹声名義の右白小豆の仕入書等必要書類を提出せしめ同税関吏をしてその旨誤信せしめ同月一二日前記関税金九一、〇五〇円を納付して輸入許可を受け、以て正当関税額との差額金一七、〇三五円を免れ

たものである。

別表(四)

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その他の別表は省略する。

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